2015年1月4日日曜日

エーテルが満ちる夜(M・C・エッシャー)

僕が中学生のとき、父がM・C・エッシャー著「THE MAGIC MIRROR」(英語版)を買ってきた。それまで、僕にとってのエッシャーは、“トリックの画家”ほどのイメージであった。が、その本で、彼は素敵で少々偏執的とも言えるデザイナーであること、そして何より、幻想的な風景画家であったことを知った。

エッシャーは、20代から30代にかけて、主にリトグラフや木版で、風景や挿絵を描いた。風景画は実在のモデルがあると思われるが、その絵を見ると、幾何学的な面や奇妙な曲線で形作られていて、或る様式美が感じられる。そして、その絵の背景には、細かな粒や線が質量の存在を感じさせるように描き込まれている。

「THE MAGIC MIRROR」のなかで僕が特に惹かれたのは、邸宅のような建築物が、街灯やフットライトに照らされて、夜の闇に浮かび上がる絵だ。

Nocturnal Rome, Basilica of Constantine

灯りが届かない空にも細かく白い線描がなされ、まったくの闇はない。まるで周りの空間が、エーテルで満たされているようだ。人の気配がないにも関わらず、そこには濃密な予感や不思議な明るさが感じられる。

僕の生家は、ケヤキやマツの木立に囲まれた大きな団地だ。夜になると街灯がともり、芝生にはさまれた4階建ての集合住宅が白く浮かび上がる。僕は4歳までこの団地に住んだ。幼い僕が夜のベランダから見た景色は、きっと似たものであったに違いない。

この絵は、1934年に描かれた連作「ローマの夜」のひとつだと、後年になってわかった。夜の闇を満たすエーテルのイメージは、その後も僕の心から離れない。


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