2015年4月11日土曜日

薄暮に流れる光の筋 (レオン・スピリアールト)

14年前の春、郊外の自然公園のなかにある美術館へ
ベルギーの画家5人の作品を集めた展覧会へ行った。
アンソール、マグリット、デルヴォーが目当てだったが、
そこで、別の画家の絵に惹きつけられた。

男が独り、薄暮のなか、シルクハットにオーバーを着て
逆光でシルエットになり、埠頭に立っている。
光源は左手の水辺の街灯で、絵の右半分はコンクリートの橋桁が屹立している。
あたりは静寂。灯の光が濡れた路面を流れて、絵を縦に横切る。
かすかな、にじむような白い光の筋は、
「夜」と名付けられたこの絵の最大の魅力となっている。

男は酔っているのだろうか。
右手を挙げ、左手は胸に置いて、見えぬものに挨拶しているようにみえる。
だが、この絵の主役は男ではない。
あたりを包む静寂であり、孤独であり、暗がりに流れる光だ。

「夜」


画家の名は、レオン・スピリアールト。
ほかの展示物にも、薄闇の海辺に燐光のように街灯や波が光り、
静けさと孤独さを感じる絵がいくつかあった。
暗く青い海の色と光の描き方が魅力的だ。
謎めいた絵、「水浴から戻る人」に、じっと見入った。

ただ、彼の絵はモノクロームに近いものだけではない。
彩色された作品も美しい。
パステルやグワッシュを用いた、鮮やかで装飾的な絵があった。
これらのどちらも好きな絵だ。以来、この画家に気をつけていた。

2年後、今度はスピリアールトの個展が開催された。
知名度が低いと思われるこの画家を、よくぞ取り上げ開催してくれたものだ。


「めまい」
スピリアールトの有名な絵、「めまい」。ひと目見たら忘れられない。
悪夢の一場面のような、恐ろしさを感じる。離れたところからでもよく目立つ。

また、スピリアールトの灯ともいうべき、魅力的な光を描いたものもあった。
「堤防、光の反映」は、墨のぼかしをうまく使い、色鉛筆で淡く彩色している。
雨ににじむ灯火の長い筋。その灯火ひとつひとつが燐光を放ち、川の奥へ連なる。
人の気配はなく寂しい景色だが、郷愁にも似た懐かしさを、この絵に感じる。

「堤防、光の反映」


スピリアールトの彩色画も好きだ。

「美しさ-日の終わり」は、鮮やかなパステルを使い、
白い夕日と、降り注ぐ黄金の光を見事に描き
タイトルにも絵のタッチにも、詩情が感じられる。

「美しさ-日の終わり」

また、後年は、何枚か樹木の絵を描いている。
それらは、樹皮や生い茂る針葉を緻密な線で表わし、
装飾的で、なにか別のものにも見える。
彼が20代のときの薄暮と灯火のテーマとはまったく違うが、
文学書に挿絵を描いたデザイン性は、一貫して感じられる画家だ。

「防火林」


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