10人ほどが集まり、顔をこちらに向けている。
めいめいの表情は不気味のひとことであり、
あたりは不穏な空気に満ちている。
「たくらみ」と題されたその絵は、コローやシャガールなど
詩情豊かな絵が好きだった僕に強烈な印象を与え、
それ以降、このジェームズ・アンソールの絵が大好きになった。
白と黒の帽子の男ふたりを中心に、その右側には、
太った中年女がふたり、毒々しい表情を見せ、
その赤い大きな背中には、赤子が死体のように括りつけられている。
その背後から顔をのぞかせている者たちは
すでに人間ではなく、青ざめた幽霊だったり、天狗だったり、
水木しげる描く化け物のようだったりする。
背後のものたちは異様だが、どこかユーモアがある。
対して、まん中のふたりには、底知れぬ恐ろしさを感じる。
白の飾り帽は、蛇のような毒々しさで不気味に笑みを浮かべ、
黒のシルクハットは、仮面の孔のような目で
心を見透かすように、ひたとこちらを見つめる。
このふたりは地獄の使者であり、たくらみの主だ。
ジェームズ・アンソール「たくらみ」 |
3年前に、この絵の実物をじっくり観ることができた。
目の前に対峙すると、絵の不敵さがより強く伝わり、
作者アンソールの観る者への仕掛けをも感じられた。
つい最近、この絵の解説を読んだ。
シルクハットの方は被害者で、その左にいるのは
男をだまそうとしている女だという。
確かに白い帽子は男と腕を組み、誘うようでもあるし、
中年女たちも男にいいがかりをつけているようにもみえる。
だが、シルクハットの男は、実はたくらみの首謀者で、
この画面にいる者たちはみな、この絵を見ている観客に
何ごとか諮ろうとしているとみる方が、面白いと思う。
・ ・ ・
ジェームズ・アンソールの絵は、何かを象徴しているように見える。
ただ、そこに何か意味を求めるのではなく、
仮面劇や映画の一場面を切り取ったような奇妙なテーマで、
観る者の心を動かす絵だと理解すればいいのだと思う。
ファブリ世界名画集のアンソールの巻にあった下の絵は、
きわめて演劇的だと思う。
「腹を立てた仮面」 |
また、同じ画集にあった下の絵は、
フランス映画「天井桟敷の人々」のラストの群衆シーンを思い浮かべる。
このシーンでは、群衆は祭の化粧を施し、また仮面をつけていた。
マルセル・カルネは、もしかするとこの絵に触発されたのかもしれない。
「キリストのブリュッセル入城」 |
・ ・ ・
後年、僕は、ベルギーの幻想画家たち、デルヴォー、マグリット、
スピリアールト、クノップフなどが好きになる。
また、20代で仮面の収集に熱中した。
ローティーンでのジェームズ・アンソールとの出会いは、
確実にその後の嗜好に影響を与えたと思う。
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