2015年4月4日土曜日

観る者への“たくらみ” (ジェームズ・アンソール)

中学の美術の教科書に、その絵はあった。

10人ほどが集まり、顔をこちらに向けている。
めいめいの表情は不気味のひとことであり、
あたりは不穏な空気に満ちている。

「たくらみ」と題されたその絵は、コローやシャガールなど
詩情豊かな絵が好きだった僕に強烈な印象を与え、
それ以降、このジェームズ・アンソールの絵が大好きになった。

白と黒の帽子の男ふたりを中心に、その右側には、
太った中年女がふたり、毒々しい表情を見せ、
その赤い大きな背中には、赤子が死体のように括りつけられている。

その背後から顔をのぞかせている者たちは
すでに人間ではなく、青ざめた幽霊だったり、天狗だったり、
水木しげる描く化け物のようだったりする。

背後のものたちは異様だが、どこかユーモアがある。
対して、まん中のふたりには、底知れぬ恐ろしさを感じる。

白の飾り帽は、蛇のような毒々しさで不気味に笑みを浮かべ、
黒のシルクハットは、仮面の孔のような目で
心を見透かすように、ひたとこちらを見つめる。

このふたりは地獄の使者であり、たくらみの主だ。

ジェームズ・アンソール「たくらみ」

3年前に、この絵の実物をじっくり観ることができた。
目の前に対峙すると、絵の不敵さがより強く伝わり、
作者アンソールの観る者への仕掛けをも感じられた。

つい最近、この絵の解説を読んだ。
シルクハットの方は被害者で、その左にいるのは
男をだまそうとしている女だという。
確かに白い帽子は男と腕を組み、誘うようでもあるし、
中年女たちも男にいいがかりをつけているようにもみえる。

だが、シルクハットの男は、実はたくらみの首謀者で、
この画面にいる者たちはみな、この絵を見ている観客に
何ごとか諮ろうとしているとみる方が、面白いと思う。

・ ・ ・

ジェームズ・アンソールの絵は、何かを象徴しているように見える。
ただ、そこに何か意味を求めるのではなく、
仮面劇や映画の一場面を切り取ったような奇妙なテーマで、
観る者の心を動かす絵だと理解すればいいのだと思う。

ファブリ世界名画集のアンソールの巻にあった下の絵は、
きわめて演劇的だと思う。

「腹を立てた仮面」

また、同じ画集にあった下の絵は、
フランス映画「天井桟敷の人々」のラストの群衆シーンを思い浮かべる。
このシーンでは、群衆は祭の化粧を施し、また仮面をつけていた。
マルセル・カルネは、もしかするとこの絵に触発されたのかもしれない。

「キリストのブリュッセル入城」

・ ・ ・

後年、僕は、ベルギーの幻想画家たち、デルヴォー、マグリット、
スピリアールト、クノップフなどが好きになる。
また、20代で仮面の収集に熱中した。

ローティーンでのジェームズ・アンソールとの出会いは、
確実にその後の嗜好に影響を与えたと思う。


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