このドラマが始まるに相応しい、不思議な激しさをもつ曲。
否応なしに気持ちが高ぶり、一気にこの世界へ引き込まれる。
画家ハイン・ヘクロスが担当したイラストは、映画の鮮やかさとは異なり、
美しい色彩ながら、宗教的で、もの哀しい雰囲気があり、心に残る。
「火の心」序曲。ティンパニのリズムを皮切りに、荘重な音楽が鳴り響く。
金と銀の並んだトランペット。迫りくる運命を感じ、不安な気持ちを掻き立てる。
楽団の譜面が黄、白抜きのEXITの文字は青白く浮かぶ。
グリシャがカーテン越しに客席を覗く、そのカーテンのラメが青白くきらめく。
鮮やかなカットである。
大好きなシーンがある。
レルモントフ・バレエ団がパリを経て、モンテカルロに着いた。
ヴィッキーの運命は廻り始める。
ボリス・レルモントフの指示で、オテル・ド・パリに宿泊することになったヴィッキー。
彼からの誘いの手紙が大写しになる場面が始まりだ。
バックには、祝祭曲のようなオーケストレーションが高鳴る。
一転、ホテルのロビー。白い制服を着たポーターが、迎えの車の到来を告げる。
トランペットの独奏が静かに始まり、鉄琴とオーケストラが合わせ、
喜びを抑えきれないように徐々に盛り上がる。
ヴィッキーが、とびきり素敵なクリスマス・グリーンのロングドレスに、
色を合わせた王冠をいただき、白服3人を前後に従え、入口へ進む。
まさに、王女然とした姿だ。
入口の上がりかまちに立ったヴィッキーに、ポーターが帽子をとって挨拶をする。
椅子に腰かけた用心棒は、余裕でタバコをふかしていたが、オッとばかり身を起こす。
白服3人に見送られ、ポーターに先導されたヴィッキーは、大型車に乗り込む。
車の運転席には、ボリスの忠実な下僕、ドミトリー。
発車を合図に、トランペットは喜びを爆発、チェロの重奏へと連なり、
管や弦が波状的に音程を上げながら盛り上がる。
音楽に合わせて、車は街中を、次いで地中海を見晴らす山中の道を、快調に飛ばす。
車の後部座席の屋根は開放され、眺めは絶景。
はるか崖下の海が見え、そのままトンネルに入る。
再び陽の光のなかに出たヴィッキーは、眩しげな表情であたりを見回す。
このときのヴィッキーの表情は演技ではなく、22歳の娘のそれで、可愛らしく好ましい。
急速にテンポを速めた音楽は、Sunset Villaに着いたなり、高鳴ったままフェードアウトする。
そして次のシーン、主役を言い渡される重要なシーンにつながるのだ。
手紙の大写しから、Sunset Villaに着くまで、およそ1分半。
何か晴れがましいことが始まる予感に満ちた、希望溢れるシーンだ。
Sunset Villaは、ヴィッキーが期待した華やかさとは無縁の、古めかしく、かつ壮麗な館。
その異空間で、彼女はボリスから次の主役を言い渡されるのだ。
そのほかの印象的なシーンをいくつか挙げる。
ヴィッキーとボリス・レルモントフとの、パーティーでの出会い。
ヴィッキーは、この場面で初めて声を出す。
その声も表情も魅力的で、黒いドレス姿は洗練され、素敵だ。
「火の心」のピアノ演奏をバックに、最初はシニカルに、
それから、この映画の真髄に触れる科白がやり取りされる。
B:Why do you want to dance?
V:Why do you want to live?
B:Well,I don't know exactly why,but I must.
V:That is my answer too.
この出会いにより、ヴィッキーはレルモントフバレエ団へ入ることになる。
次も、出会いのシーン。作曲家が運命的なテーマに出会う。
ボリスから、次の仕事として「赤い靴」の表紙を見せられたジュリアンは、
一瞬にして運命の予感とインスピレーションが湧き、我を忘れる。
次は、この映画の悲劇の背景となるシーン。
パリで「ジゼル」のリハーサル時、ボリスはグリシャと、
幕間からボロンスカヤを観ながら、彼女にクビを言い渡す。
B:You cannot have it both ways.The dancer who relies upon the doubtful comforts of human love will never be a great dancer.Never.
科白自体は、まさに断言する内容だが、それを言うボリスは、周りを言い含めるように、
また、自身にも言いきかせるように、そして言いながら改めてそのことに気がついたように、
先に触れた大好きなシーンの手前。
モンテカルロに着いたバレエ団を、支配人ブータンと舞台監督リドゥが出迎える。
ブータンがボロンスカヤの一件を口にした途端、ボリスはヴィッキーに突然話しかけ、
劇場の二人に紹介する。いぶかしげなヴィッキー。
ここの場面で、会話の4人ではなく、カメラは一瞬、グリシャを映す。
彼はひと言も発せず視線は下向き。だが、会話を聴きながら視線を上げ、
不敵な表情を浮かべる。グリシャが、ヴィッキーにプリマを託すボリスの意図を
一瞬にして見抜く表現であり、彼の狂言回しとして役割を明示する場面だ。
そして、グリシャのバレエ「赤い靴」の役どころは、まさに狂言回しである。
ヴィッキーが、「赤い靴」の主役を言い渡されたあと、深夜0時。
興奮で寝付けないヴィッキーと、缶詰で作曲中に息抜きに出たジュリアンが、
バルコニーで話す。
J:I wonder what it feels like to wake up in the morning and find oneself famous.
二人でもたれた欄干の下を、汽車が通過し煙が昇る。ラストシーンの布石である。
二人はすぐ分かれるが、歩き始めたヴィッキーの足元に、新聞紙が風に吹かれてくる。
レルモントフの会見記事と、二人の写真。
先ほどの科白の裏付けと、バレエ「赤い靴」の新聞紙との踊りの布石にもなっている。
このあたりがうまい。
続いて、音楽が途切れることなく、ズラリとならんだ赤い靴から、本番用を選ぶシーン。
ボリスとラトフの性格をステッキで見事に表わしている。
短いが、極めて印象的なシーンだ。
(つづく)
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