2015年4月26日日曜日

生涯ベストワンの映画 「赤い靴」(2)

冒頭のクレジットタイトルの音楽は、
このドラマが始まるに相応しい、不思議な激しさをもつ曲。
否応なしに気持ちが高ぶり、一気にこの世界へ引き込まれる。
画家ハイン・ヘクロスが担当したイラストは、映画の鮮やかさとは異なり、
美しい色彩ながら、宗教的で、もの哀しい雰囲気があり、心に残る。


「火の心」序曲。ティンパニのリズムを皮切りに、荘重な音楽が鳴り響く。
金と銀の並んだトランペット。迫りくる運命を感じ、不安な気持ちを掻き立てる。
楽団の譜面が黄、白抜きのEXITの文字は青白く浮かぶ。
グリシャがカーテン越しに客席を覗く、そのカーテンのラメが青白くきらめく。
鮮やかなカットである。


大好きなシーンがある。
レルモントフ・バレエ団がパリを経て、モンテカルロに着いた。
ヴィッキーの運命は廻り始める。
ボリス・レルモントフの指示で、オテル・ド・パリに宿泊することになったヴィッキー。
彼からの誘いの手紙が大写しになる場面が始まりだ。

バックには、祝祭曲のようなオーケストレーションが高鳴る。
一転、ホテルのロビー。白い制服を着たポーターが、迎えの車の到来を告げる。
トランペットの独奏が静かに始まり、鉄琴とオーケストラが合わせ、
喜びを抑えきれないように徐々に盛り上がる。

ヴィッキーが、とびきり素敵なクリスマス・グリーンのロングドレスに、
色を合わせた王冠をいただき、白服3人を前後に従え、入口へ進む。
まさに、王女然とした姿だ。

入口の上がりかまちに立ったヴィッキーに、ポーターが帽子をとって挨拶をする。
椅子に腰かけた用心棒は、余裕でタバコをふかしていたが、オッとばかり身を起こす。
白服3人に見送られ、ポーターに先導されたヴィッキーは、大型車に乗り込む。

車の運転席には、ボリスの忠実な下僕、ドミトリー。
発車を合図に、トランペットは喜びを爆発、チェロの重奏へと連なり、
管や弦が波状的に音程を上げながら盛り上がる。

音楽に合わせて、車は街中を、次いで地中海を見晴らす山中の道を、快調に飛ばす。
車の後部座席の屋根は開放され、眺めは絶景。
はるか崖下の海が見え、そのままトンネルに入る。
再び陽の光のなかに出たヴィッキーは、眩しげな表情であたりを見回す。
このときのヴィッキーの表情は演技ではなく、22歳の娘のそれで、可愛らしく好ましい。

急速にテンポを速めた音楽は、Sunset Villaに着いたなり、高鳴ったままフェードアウトする。
そして次のシーン、主役を言い渡される重要なシーンにつながるのだ。

手紙の大写しから、Sunset Villaに着くまで、およそ1分半。
何か晴れがましいことが始まる予感に満ちた、希望溢れるシーンだ。









Sunset Villaは、ヴィッキーが期待した華やかさとは無縁の、古めかしく、かつ壮麗な館。
その異空間で、彼女はボリスから次の主役を言い渡されるのだ。







そのほかの印象的なシーンをいくつか挙げる。

ヴィッキーとボリス・レルモントフとの、パーティーでの出会い。
ヴィッキーは、この場面で初めて声を出す。
その声も表情も魅力的で、黒いドレス姿は洗練され、素敵だ。

「火の心」のピアノ演奏をバックに、最初はシニカルに、
それから、この映画の真髄に触れる科白がやり取りされる。

B:Why do you want to dance?
V:Why do you want to live?
B:Well,I don't know exactly why,but I must.
V:That is my answer too.

この出会いにより、ヴィッキーはレルモントフバレエ団へ入ることになる。





次も、出会いのシーン。作曲家が運命的なテーマに出会う。
ボリスから、次の仕事として「赤い靴」の表紙を見せられたジュリアンは、
一瞬にして運命の予感とインスピレーションが湧き、我を忘れる。




次は、この映画の悲劇の背景となるシーン。
パリで「ジゼル」のリハーサル時、ボリスはグリシャと、
幕間からボロンスカヤを観ながら、彼女にクビを言い渡す。

B:You cannot have it both ways.The dancer who relies upon the doubtful comforts of human love will never be a great dancer.Never.

科白自体は、まさに断言する内容だが、それを言うボリスは、周りを言い含めるように、
また、自身にも言いきかせるように、そして言いながら改めてそのことに気がついたように、
少し躊躇した不思議な表情をする。A・ウォルブルックの演技が光る。




先に触れた大好きなシーンの手前。
モンテカルロに着いたバレエ団を、支配人ブータンと舞台監督リドゥが出迎える。
ブータンがボロンスカヤの一件を口にした途端、ボリスはヴィッキーに突然話しかけ、
劇場の二人に紹介する。いぶかしげなヴィッキー。
ここの場面で、会話の4人ではなく、カメラは一瞬、グリシャを映す。

彼はひと言も発せず視線は下向き。だが、会話を聴きながら視線を上げ、
不敵な表情を浮かべる。グリシャが、ヴィッキーにプリマを託すボリスの意図を
一瞬にして見抜く表現であり、彼の狂言回しとして役割を明示する場面だ。
そして、グリシャのバレエ「赤い靴」の役どころは、まさに狂言回しである。




ヴィッキーが、「赤い靴」の主役を言い渡されたあと、深夜0時。
興奮で寝付けないヴィッキーと、缶詰で作曲中に息抜きに出たジュリアンが、
バルコニーで話す。

J:I wonder what it feels like to wake up in the morning and find oneself famous.

二人でもたれた欄干の下を、汽車が通過し煙が昇る。ラストシーンの布石である。
二人はすぐ分かれるが、歩き始めたヴィッキーの足元に、新聞紙が風に吹かれてくる。
レルモントフの会見記事と、二人の写真。
先ほどの科白の裏付けと、バレエ「赤い靴」の新聞紙との踊りの布石にもなっている。
このあたりがうまい。



続いて、音楽が途切れることなく、ズラリとならんだ赤い靴から、本番用を選ぶシーン。
ボリスとラトフの性格をステッキで見事に表わしている。
短いが、極めて印象的なシーンだ。

(つづく)



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