2016年2月6日土曜日

“ほんとのもの”を問う 「ビロードうさぎ」

子どもの頃に親しんだ、“岩波の子どもの本”シリーズ。
心に刻まれた、愛着のある本だけで、軽く10冊は挙げられる。
そのなかで、今回取り上げるのは、「ビロードうさぎ」。石井桃子訳。


ビロードでできたうさぎは、ぼうやのクリスマスプレゼントのひとつ。
少し遊ばれて、そのあとは長い間、子供部屋のすみで暮らす。
ある晩、ぼうやに添い寝する犬のおもちゃが見当たらず、
ビロードうさぎが代役となる。
それから毎晩、うさぎはぼうやに抱かれて眠る。

ときが経つうち、うさぎは古ぼけて、みすぼらしくなる。
それでも、うさぎは幸せで一杯だった。
ぼうやにとっては、やはりきれいなうさぎに思えたから。

ところがあるとき、ぼうやがショウコウ熱に罹り、長く寝付いた。
ようやく治ったとき、うさぎはバイ菌の巣だと言われ、捨てられてしまう。

うさぎは悲しくなり、本ものの涙をポタリと落とす。
すると、涙が落ちたところから一本の花が咲き、なかから仙女が現れ、
うさぎを “みんなが、ほんとのうさぎと思うように” 変えてくれる・・・。



“ほんとのもの”が、この物語のテーマだ。

うさぎが、子供部屋のすみで暮らしていたときに、
一番古くからいる皮でできた馬と交わした会話が、心に迫る。
うさぎが、「みんな、じぶんは、ほんとのものだって、じまんしているけれど、
ほんとのものって、どんなもの?」と馬に尋ねるところからだ。

「・・ほんとのものというのは、なんでできているか、ということでは、ないのだよ」
「わたしたちの身の上に、おこることなのだ。
子どもが、おまえさんを、ながいこと、かわいがってくれるとする。
おまえさんをあいてに、あそぶだけでなく、しんから、かわいがってくれたとする。
そうすると、おまえさんは、ほんとのものになるのだよ」

うさぎは、またきく。「ほんとのものになるの、くるしい?」

「そりゃ、くるしいこともある」
「だが、ほんとのものになれたら、くるしいことなどは、かまわなくなるのだ」
「・・なんでも、たいてい、ほんとのものになるころには、
毛は、おおかたすりきれ、目はとれ、手足は、グラグラになって、
とてもぼろぼろになってしまうのだよ。
だが、そんなことは、どうでもいいのだ。
ほんとのものになってしまえば、もう、みっともないなんてことは、
なくなってしまうのだから。むろん、そういうことがわからない人たちには、
やっぱり、みっともなく見えるだろうがね。」
「・・いったん、ほんとのものになってしまえば、また、ほんとのものでなくなる、
ということはない。いつまでも、ほんとのもので、いられるのだ」


こうした言葉たちは、読んだ者の心に沁み入る。
そして、実際に、ぼうやに毎晩抱かれて眠るうさぎが、
あまりに幸せだったので、ビロードがみすぼらしくなり、
しっぽの縫い目もほどけ、鼻のあたりの色がはげたのに気がつかなかった、
というくだりに、強く共感する。

また、庭に置き忘れられ、泥だらけとなったうさぎを、
愚痴を言いながらしぶしぶ持ってきたばあやに、ぼうやは言う。
「そんなこと、いっちゃいけないよ。
これはおもちゃじゃないんだ。これは、ほんとのうさぎなんだよ!」

ここは、前半の山場だ。

“そのばん、うさぎは、あんまりうれしくて、ねむれないくらいでした。
おがくずでできた、小さいしんぞうは、あつくなって、はりさけそうでした・・
それで、ばあやまでが、つぎのあさ、うさぎを、ひろいあげたとき、いいました。
「まあ、このうさぎったら、ほんとに、りこうそうな顔を、してるじゃないの!」”

・ ・ ・ ・ ・

「こわれたおもちゃ」
武鹿悦子作詞・林光作曲

「こわれた おもちゃは どうしたの?」
つばめが はこんでいったのよ
おもちゃが うまれた おもちゃの くに
そこへ かえしに いったのよ

「こわれた おもちゃは また くるの?」
みんなが おおきくなったとき
おもちゃは ときどき おもいだして
そっと たずねてくるでしょう

・ ・ ・ ・ ・

「ビロードうさぎ」は、大きく次のシーンに分かれている。

* 子ども部屋。馬からの大切なメッセージ。
* ぼうやとの添い寝。春の到来。
* 素晴らしい夏。本物の野うさぎとの会話。
* “ほんとのもの”から、本物になる奇蹟。

後半部に、ビロードうさぎは、森で “生きたうさぎ”と会話する。
それまでは、うさぎはみな、おがくずが詰められており、
ゼンマイ仕掛けでないと動かないと、ビロードうさぎは思っていたのだ。

そしてこの場面は、仙女が ビロードうさぎを、
“すっかり、ほんとうのうさぎ”にする布石となっている。





前半で、おもちゃとしての“ほんとのもの”は何かを問い、
実際に、“ほんとのもの”になる。
後半では、本物の“ほんとのもの”とは何かを問い、
実際に、本物になる。

とてもわかりやすく、味わい深い構造だ。

ラストシーン。
本物になったうさぎが、森に遊びにきたぼうやに、嬉しそうに近づく。
ぼうやは、病気のときになくしたうさぎそっくりだと思う。

“けれども、ほんとは、あのビロードうさぎが、生きたうさぎにしてもらった、
お礼をいいにきたのだということを、ぼうやは、ゆめにもしりませんでした。”

心に残る、終わり方だと思う。


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