2016年2月13日土曜日

大地への祈りの叫び アルバート・アイラー「LOVE CRY」

ジャズは、20代の後半から聴き始めた。
何冊かのガイドから当てをつけて、CDを買うのだ。
当時、ネット環境はなく、店での試聴もほとんどなかったから、
買ってきて、自分の好みに合うかを判断するしかなかった。

巷でよく聴かれている盤から個性的なアルバムまで、色々と聴いた。
輸入盤で比較的安いから、という理由だけで選んだこともある。
聴くうちに、ピアノトリオがもっともしっくりきて、
なにが僕にとってモダンな演奏なのかが、だんだんわかってきた。

ただ、ジャズを語り始めるときに、まず外せないアルバムは、
ピアノでも、モダンな演奏でもない。

アルバート・アイラーの「LOVE CRY」だ。

中上健次の著作、「破壊せよ、とアイラーは言った」を学生時代に読み、
いずれ聴いてみたいと思っていた。
彼のそのアルバムがたまたま店にあったので、気軽に買ったのだ。

聴いて、仰天した。

中上著作を読んでいたので、暗く過激な演奏を想像していたのだ。
よい意味で、完全に裏をかかれた。
暗く過激だったのは中上健次であって、アイラーの音楽はまったく違っていた。

彼のサックスの音色には、突き抜けた明るさと自由がある。
伸び伸びとゆったりとして、深みがあるのだ。
その音は、広大な地平をどこまでも渡っていく。

アルバムは、別テイクを含めて11曲を含むが、
なんと言っても、最初の曲である「ラヴ・クライ」に尽きる。
大げさな表現は控えたいが、衝撃的な出会いだった。

冒頭、アルトサックスが大らかな叫びのように音を反復させ、
トランペットがこだまのようにシンクロする。
一瞬で祝祭的な気分になり、精霊や大地のイメージが湧く。
それだけの力強さがある。
サックスはアルバート、トランペットはドナルドの兄弟だ。

次の瞬間、異様な肉声が聴かれる。
アルバートがサックスから自前の声に切り替え、歌っているのだ。
異様ではあるが、大自然への祈りに似たその叫びは、
懐かしさをも感じさせる。ドナルドは、変わることなく協演する。

アラン・シルヴァのベース。その存在は、極めて重要だ。
バララン、ボロロンと、一挙に投げ出すように弾いて地鳴りを感じさせたり、
弓で弦を引っかき回すように、またはおどろに鳴らして不気味さを醸したり、
音階を上下に素早く移動し繰り返して夢幻性を出したり、
まさに自在な動きである。奇怪で呪術的な雰囲気作りが役割だ。

ミルフォード・グレイブスのドラムは、この曲の鼓動だ。大地は常に脈打つ。
アクセントのシンバルが、かすかな高揚を表現する。
また、楽隊や軍の太鼓を思わせるからか、衆の気配や賑やかさを感じる。

曲の最終部に、アルバートは再び肉声で歌う。
そして、常に従がったトランペットの音色が地平に消えると、
すべての生命が大地に回帰するのが感じられる。
4人で演奏しているとは思えない壮大さだ。


このアルバムは概して世評はよくない。
また、この曲はジャズなのか?、という疑問が湧くかもしれない。

ただ、4分足らずのこの曲が皮切りとなり、20代の終わりに、
アルバート・アイラーを何枚か聴くことになった。

中上健次が言ったとおり、激しく吹きまくる曲も多くある。
ただ、「LOVE CRY」で、あのように豊かな音色を奏でた人の演奏だ、
と思っていたからか、存外抵抗なく聴けた。
また、そういう音楽を欲していた時期だったのかもしれない。
けして、暗い音楽ではない。

30代に入り、子供たちの情操によくないとの理由で、
聴く機会がめったになくなった。
ただ、これらのアルバムには、独身気分の20代の自由さが横溢している。




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