この映画は、音楽が素敵だ。
なかでも、バレエ「赤い靴」の、そしてこの映画自体の重要な場面で、
何度か使われるモチーフがいい。
最初は、ジュリアンがボリスの自宅を訪ねるシーン。
ボリスに促され、ジュリアンが自作のピアノ練習曲を弾く。
それが、このモチーフだ。ボリスは、ディミトリの給仕で朝食を続ける。
彼は無頓着の様子だったが、「火の心」とこの一曲により、
ジュリアンはバレエ団に採用される。
次は、バレエ「赤い靴」の練習が佳境に入り、
ボリスの指示により、ヴィッキーの昼食時にも、
ジュリアンがバレエの音楽をピアノで奏でるシーン。
げんなりしたヴィッキーに、
“一番消化にいいフレーズ(the most digestible part of the score)”
としてジュリアンが弾くのが、このモチーフ。
映画の観客は、このフレーズが「赤い靴」で採用されたことを知ると共に、
舞踏会のシーンで使われることも予告される。
なお、上記のランチのシーンは、ヴィッキーとジュリアンの、
ダンサーと作曲家・指揮者とのリラックスした葛藤を描く一方、
闘いの場における同士のような関係も表現し、
恋愛への発展も暗示している重要な場面である。
3回目は、バレエの開演後、「赤い靴」の序曲。
初演の緊張が高まり、ダンサーたちやラトフまでが混乱するさなか、
何かが始まる高まりと不安を表すように、
オーケストラがこの旋律をダイナミックに奏でる。
そして、「赤い靴」の舞踏会のシーン。
荒々しく恐ろしい“死の街”のシーンが終わり、
遥か高みから聴こえるような、高貴な旋律に代わる。
少女は、いつの間にか金色の光に包まれた舞踏会場にいて、
恋人を迎えて共に踊るシーンに、まさにこのモチーフが使われる。
ここでは、今までの集大成のように、
この旋律がゆったりと情感を込めて、オーケストラにより歌われる。
壮麗な序奏が終わり、この旋律が始まるときに、
指揮台にいたジュリアンが指揮をしながらヴィッキーに歩み寄っていく。
それを迎えるヴィッキー。
次にこのモチーフが使われる恋人たちのシーンを暗示している。
最後にこのモチーフが使わるのは、恋人たちが月夜に地中海のほとりを馬車で巡るシーン。
ホルンが静かにゆっくりと歌い始め、ついで木管が、そしてオーケストラが続き、
あくまで抑えて、夢のなかのように演奏する。
このシーンの最後のジュリアンの科白。
“自分が年老いたときに、若く可愛い娘に聞かれたい。
「あなたの長い人生のなかで、どこにいたときが一番幸せでしたか」と。
僕は云う。「地中海のほとり、ヴィクトリア・ペイジと一緒だったときだ。」”
ジュリアンは、自分が年老いたとき、ヴィッキーがそばにいないことを
予感していた。ラストにつながる、運命的なシーンだ。
(つづく)
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