「パンの大神」は中学で読んでいたが、
当時は、その底に渦巻くような恐怖を読み取ることができず、
そこはかとないおぞましさを感じるにとどまった。
それから20年。
幻想文学を本格的に読むようになってまもなく、
「怪奇クラブ(3人の詐欺師)」を読み、わかりやすい恐怖を愉しんだ。
「夢の丘」は、次いで読んだ。
まだ、ネット古書店の使い始めだった。
本が外から届くことも珍しく、袋を開け表紙絵を見て、
胸が高鳴ったことを覚えている。
じっくり読んだ。そして、期待どおりだった。
「夢の丘」(創元推理文庫) |
前半の舞台は、イギリスの田舎。
古代ローマの栄光ははるか昔に消え、砦跡と豊かな自然が残るばかり。
森には牧神が現れ、気持ちのよいうたた寝から我に帰ると
いつの間にか、ヒリヒリとした傷が身内についている。
ルシアン・テーラーは、12歳から青年になるまで
その辺境の地で、孤独で夢見がちな生活を送る。
牧師の父は堅物で貧乏だがルシアンに親身で、
風変わりな一家と世間から冷笑される彼にとっては
数少ない慰めとなる。
ただ、父の気の良さと単純さは、かえって物悲しい。
ルシアンは、文筆で一旗揚げようと、
灰色で喧噪の都会、ロンドンへ出る。
孤独な生活は相変わらずで、父は亡く故郷も失い、
大量の原稿用紙と格闘して心身をすり減らす。
いつしか麻薬に手を出し、徐々に夢うつつの世界に入る。
そこでは、今までの甘くつらい出来事が断章のように浮かんでは消え、
清純な田舎娘へのあこがれと妖艶な魔女への欲望が渾然となって、
最期はたたみかけるようにサバトの宴へなだれ込み、
彼は身も心も果て、黒い煙となって立ち昇り逝く。
「THE HILL OF DREAMS」(LONDON:MARTIN SECKER) |
マッケンは、自伝的に青春時代を書いた。
その夢の甘さと、孤独の辛さと、挫折の哀しさは、
それを親身に読む者の共感を得る。
翻訳者は、平井呈一。
泥臭い訳文に、よい意味で雰囲気が出ている。
平井呈一、紀田順一郎、荒俣宏と連なる3人に、
いままでどれほど、怪奇幻想の世界を愉しませてもらったか。
古書店で、平井呈一全訳のマッケン全集も買ったときも、胸が躍った。
「アーサー・マッケン作品集成」(沖積社) |
私もアーサーマッケンが大好きです。とても興味深く記事を読ませて頂きました。ありがとう
返信削除このブログを見つけて読んでいただき、ありがとうございます。とても嬉しいです。この文章を書いていたときの気持ちを思い出しました。
削除